◆◆◆みどりの風 NO.4◆◆◆
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2000.4.29
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●セーフティネットと政治家の使命 |
私たちは生まれた瞬間から社会的規範の中に組み入れられる。母子手帳、産婦人科、出生届、国籍、○○町××番地、○○氏の第○子、保育、医療、教育(幼稚園・小学校・中学校等々)。あらゆる社会的行為を分析すると、それは行為そのものが同時に生物的、文化的、経済的、政治的存在としてなされている。そしてまた、ひとたび特別な事件に遭遇した時、そのことを思い知らされる。例えば最近の営団地下鉄脱線事故を例にとってみよう。
仮にA氏としよう。A氏はいつもと同じように地下鉄のいつもの車軸に乗って会社に向かった。その日まさに運悪く脱線事故が起こり、A氏は重体に陥った。彼の生命は重大な危機に瀕する。救命のため救急隊がかけつけ、最新の医療によって救命医療が懸命に行われなければならない。幸いA氏は再起不能までにはいたらなかったが、しばらく休業しなければならない。不況の最中A氏の会社での立場は微妙なものとなる。また休業補償、後遺症の有無、治療費、損害賠償請求など非日常的な問題が浮上してくる。 もしA氏が死亡した場合、事態はもっと深刻だ。このように見てくると一人の人間が健康で幸せな日常生活を営む上で様々なセーフティーネットが必要であることが事件にあって、はじめて自覚されるのである。しかも事件はいつ誰がどこで遭遇するかもしれないのである。 人間は生まれた限りできるだけ健康で幸せな人生を全うしたい。万人がそれを望んでいる。だからこそ社会のセーフティーネットが必要なのである。 そして全ての人(将来の我々の子や孫も含む)に出来るだけ公平にそのセーフティネットを広げ強固なものとするのが政治の役割であり、政治家の責務なのである。政治は一部の名誉や権力好きの人間が金儲けや自己満足のためにするものではない。まして世襲で選挙区を相続したり、地位を利用して私腹を肥やすことなどあってはならない。江戸末期から明治維新にかけての昔習った歴史を思い出してみよう。時代の大きなうねりを予感した人たち(多くは若者であった)は、私が思い起こすかぎり、吉田松陰、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟などほとんどの人たちが無私の心で国を憂い生命を投げうって変革を志したものである。そしてその潮流は明治時代にも一筋の流れとして存在しつづけた。常に貧しい農民や労働者の味方となり足尾銅山鉱毒事件を社会に問い続け、その身をかえりみずに明治天皇に直訴した田中正造代議士、自由民権運動を展開した板垣退助、独自の学風によって国家を支える人材を育てようとした福沢諭吉・大隈重信・新島襄、大正時代には民本主義を唱えて普通選挙による議会政治を主張した吉野作造など流れは逡巡しながらも流れつづけた。しかし昭和になって清き流れはやせ細り縦断された。司馬遼太郎氏によれば陸軍参謀本部という組織の異常増殖による専横、専断によって日本は太平洋戦争という泥沼に引き吊り込まれたのである。敗戦により日本国民は経済一辺倒の生き方を強いられてきた。私たちは豊かになった。 しかし現在私たちの社会に無私な心で他人を思いやる澄んだその流れがどこに存在するだろうか。私は信じる。信じたいと思う。切れ切れに分断されているとはいえ、確かに私たちの中に、自分の幸せだけを望むのではなく他人の不幸をだまって見ていられない人たち、日本の子供たちの将来や他国の紛争、地球の危機に深く憂いを抱く人たちが確かに存在し、何のために手をたずさえたいと願っていることを。 そして時代を切り開く政治家は無名の市民のこれらの思いをくみあげ結集する不断の努力をしなければならない。それゆえ、私たちは確かな目で政治家を選ぶ重大な責任があるのです。 「みどりの風」をご愛読の皆様、共に頑張りましょう。 |
●みどり政経塾講義(明日の日本の政治の座標軸はどうあるべきか【上】) |
すべてはベルリンの壁の崩壊から始まった。そしてソ連が解体して社会主義諸国が倒れるとは誰が予想したであろうか。フランシス・フクシマという人は「歴史の終わり」という本の中で、自由と民主主義を脅かしていた社会主義の崩壊をもって「歴史」が終わりを告げ「自由と民主主義」を謳歌する退屈な時代がくると予言した。新しい時代、アメリカ一極体制が確立し、経済的には新資本主義(グローバル経済)の到来である。しかし、「歴史」は終っていなかったのである。 イギリスでは労働党政権ができ、フランスでは社会党が、ドイツでは社会民主党が圧勝して社会民主主義政権ないし中道左派政権が誕生した。これは何を意味するのであろうか。その理由は明白である。新資本主義・グローバル経済の下で行われる「公営企業の民営化」「規制緩和」などは経済を活性化させるというプラスの面があったが、所得格差の拡大、公的医療や教育の荒廃などマイナスの面も多いのである。主権者である国民は市場経済の効率性のみ追求する新資本主義・グローバル経済に対して反発したのではないだろうか。こうした激動する国際政治・経済の動きは、日本の政局にも影響を及ぼし、日本新党の細川政権・新進党の誕生と解散・自社さ政権などすべて密接に関連していると言える。それでは今後どんな道があるのだろうか。 (1)新保守主義 アメリカ一極体制が確立すると、政治・経済・軍事などすべてアメリカを中心として動き出す。 これを積極的に評価する人たちがいる。そして彼らは新資本主義を「効率的」に運営しようと考える。古くはアメリカのレーガン、イギリスのサッチャー首相がそうである。日本では、小沢一郎がそれにあたるだろう。小沢氏はその著「日本国家改造計画」の中で「普通の国」になることを主張している。「普通の国」とは自衛隊(軍隊)が必要とあらば海外出兵することなのである。これはアメリカでは普通のことで当たり前のことである。しかし、日本では憲法9条があって海外出兵はできない。この9条を改正することが眼目となるわけである。経済運営において新保守主義者は「市場経済の徹底」を主張し効率的に資本主義を運営することを考える。そのために「規制緩和」「小さな政府」と「自己責任」が求められるのである。私たちが貧しくなっても、それは自己責任の問題であり自助努力が足りなかったためで、だれかれとなく福祉という救いの手をさしのべたりすれば自助努力を怠り社会の活力が低下するというのである。福祉予算は必要最小限に切りつめるべきである。さもないと生産性が低下し、経済成長も鈍化するという。高い累進所得課税にも反対します。有能な人材が海外に流出するのを防ぐためである。所得税は出来るだけ平準化し課税最低限を引き下げ、なおかつ直間比率の是正を要求する。これらが、即ち小沢一郎氏が率いる自由党のかかげる新保守主義の「公正」なのである。 (リベラル・第3の道は次号へつづく) |
●編集後記 |
光陰惜しむべし、早いもので「みどりの風」創刊より1年が過ぎました。あなたのところまでみどりの風は吹きましたか。さて最近富に青少年の犯罪事件が多発しています。いつの世も若者は激しい焦燥にかられます。彼らの焦燥が目標を与えられぬままに手当たりしだいに噴出しているのでしょうか。人が生きるうえで何が大切かを子供たちに教えぬまま、ひたすら働き食べ酔いしれている大人に何かを訴えているのでしょうか。働き食べ飲むことそれ自体は何も悪いことではないけれど、何の為に人は生き、働くかそれらを常に問いつづけない限り人は退廃し、堕落することにならないでしょうか。美しい緑の風景の中「みどりの風」に吹かれながら、今私たちに何が大切かをゆっくりと考えてみようではありませんか。 |
政治は私たちの問題ネットワーク
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